獣医師向け症例集
タキモト動物病院

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意外に多い(?)猫の腎性高血圧症について

  筆者は平成12年度日本獣医学フォーラム年次大会において、「眼底病変を伴った猫の腎性高血圧の1例」を12年度日本小動物獣医学会(中国)において「慢性腎不全の猫に見られた高血圧症」を発表し、猫の腎不全に続発する高血圧症が網膜剥離などの眼病変を惹起させることと、腎性高血圧に罹患している猫が決して少なくないことを報告しました。

  その後、多くの先生方から「私も高血圧が疑われる猫を診察した」という声と、逆に「本当にそんなに高血圧生の猫がいるのか?」という声も頂きました。
 そこで、この場をお借りして、「よくある質問」形式で、猫の高血圧症の診断と治療法について紹介したいと思います。

Q1 高血圧の猫の特徴は?

 一口で言うと8歳以上の「老猫」です。年をとったなあ、という顔つきをしています。主訴としては「最近、なんとなく痩せてきた」、「なんとなく元気がない」、「なんとなく食欲がない」、「よく吐く」、「便秘気味」などです。こういった主訴で来院する猫のほか、定期の予防注射のときなどに上記の症状が聴取されたり、全く症状のない猫の血液検査、眼底検査あるいは血圧の測定結果からも偶然に発見されます。
 このような掴み所のない主訴で来院される猫は少なくないのではないでしょうか?また、これらの猫に対して、「もう年だから仕方ないんじゃあないの。」の一言で済ましていないでしょうか?
高血圧の猫の特徴は? 写真

 

Q2 高血圧の猫の腎臓はどのくらい悪いのか?

 血液検査で猫の腎臓のスクリーニングを行うと、BUN40〜60mg/dl、Cr 2〜4mg/dlと決して高い値ではありません。リンやカルシウムの上昇も見られませんが、しばしば軽度の低カリウム血症が見られます。
 慢性腎不全のステージで言うと、第1期の終わりから第2期の始めのことが多いようです。「猫の腎不全」というと、臨床獣医師の先生方共通して頭に浮かぶのが、削痩著しく、脱水しきって体中から尿の匂いが漂っている猫の姿ではないかと思いますが、そういった猫の中に高血圧症はほとんど見つかりません。

Q3 眼底病変は必ず見られるのか?

 大きな胞状の網膜剥離や眼内出血を起こし、視力を失った状態で「眼の問題」を主訴に来院される患者さんはごくわずかです。しかもその多くはペルシャ・シャムなどの特別な品種の猫です。
 しかしながら視力に問題のないような微小な眼底病変は高血圧症の猫の約8割の猫に観察されます。この病変は脈絡膜の血管から染み出した液体が網膜と脈絡膜の間に貯留して起こる小さな網膜剥離に起因します。そして液体が吸収された後に色素沈着などの異常所見が生じます。この色素異常と微小な網膜剥離が混在した病変が、タペタム領域の辺縁部で特に明瞭に観察されます。ただ、タペタム領域の辺縁部は直像鏡下ではかなり観察しにくいため、倒像鏡検査のほうが便利でしょう。
眼底病変は必ず見られるのか? 写真    眼底病変は必ず見られるのか? 写真    眼底病変は必ず見られるのか? 写真

Q4 血圧の測定法は?

 現在、フクダMEからBP100Dというオシロメトリック方式の非観血的血圧測定装置が販売されています。カフを尾(その他、どの足にでも)に巻きつけるだけで全自動で測定できる優れもので、カフの新調を厭わなければ再現性もよく、術中モニターとしても使用できます。
 実際の測定では、測定前に猫を安静に保つことが重要です。来院されたら、犬などが来ない静かな部屋へ入ってもらい、キャリーバッグから猫を出す前にカフを巻き、しばらくおいてオーナーに測定ボタンを押してもらう、という方法で測定することも可能です。しかし、意外に高血圧の猫は一般におとなしく、血圧の測定が容易という印象を筆者は持っています。
血圧の測定法は? 写真

 

Q5 高血圧の治療法は?

 主に選択される薬物はエナラプリル(エナカルド)、ベナゼプリル(フォルテコール)のアンジオテンシン変換酵素阻害剤とアムロジピン(ノルバスク)、ジルチアゼム(ヘルベッサー)などのカルシウムチャンネルブロッカーです。薬用量については成書をご覧ください。
 当院では、副作用が少なかった経験からベナゼプリルを第一選択として使用します。収縮期血圧が250mmHgを越えるような重度の高血圧や心室の肥大を伴っているような症例にはアムロジピンを第一選択として使用します。それでも血圧が正常範囲まで下がらなかった場合にはベナゼプリルとアムロジピンを併用します。
 治療がうまく行くと、血圧は正常範囲に戻り、BUNおよびCreも下がります。投薬開始から1ヶ月目には体重の増加も見られます。

Q6 治療中の注意点は?

 血圧のコントロールが順調であれば、1年を経過しても慢性腎不全のステージが進行しません。
治療中に筆者がしばしば遭遇した合併症は便秘です。カルシウムチャンネルブロッカーには当然便秘を誘発する可能性がありますが、ベナゼプリルを内服している猫でも見られました。これらの猫の多くで、軽度の低カリウム血症が確認されているため、定期検査でのカリウムの値の監視は重要であると思われます。
 便秘が重度になると、老猫では努積の後でかなり激しい嘔吐が見られ、脱水から高窒素血症へと陥る例も見られました。中には夜中に嘔吐が始まり、翌朝までに亡くなった例もありました。
 便秘に対してはラクチュロースによる便の軟化とカリウムの補給で対処のできる場合もあります。ひどい場合は、毎日自宅で浣腸することで解決しているケースもあります。
 直腸内に大量の便がたまり、浣腸が必要になった場合には、猫の年齢も考えて充分過ぎるほどの配慮が必要と思われます。必ず入院させたうえ、低カリウム血症を改善させた状態で実施することをお勧めします。

Q7 予後はどうか?

  完全な屋内飼育と完全な投薬が行われている猫では予後は決して悪くないと思われました。治療開始から比較的早期に死亡した猫は、高血圧や腎不全の悪化によるものではなく、ほとんどが上述の便秘に起因するものでした。
  一方で治療に反応し、血圧が正常範囲まで下がった猫では一年以上の生存も可能でした。定期の血圧測定では一年以上血圧がうまくコントロールされていたにもかかわらず、心筋症に類似した病態に陥り、左心不全により死亡した例もありました。
 高血圧症の治療を始めてまだ二年も経っていないため、それ以上の長期的な予後についてはコメントできません。しかしながら日に日に衰えが進行していた老猫の寿命を一年以上延ばすことができたのは充分価値のあることではないかと筆者は考えています。腎性高血圧はサイレントキラーと呼ばれるように、老猫を静かに死へと追いやります。その犠牲となる猫の数は決して少なくないと筆者は確信しています。この文章を読んだ先生方が、なんとなく弱っていく老猫をサイレントキラーから救ってくださるように願っています。